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クリアができるまで

1998年 5月 
エステ業界に入る
本当に何となくの気持ちで面接にいったものの、セラピストの仕事の根幹「肌はその人の生活、人生を表す象徴。セラピストという仕事は、人の人生に深く関わる仕事」と聞き感動し、私はそのまま入社する事に。この時に思った事は、夢ややりたい事がなくても、目の前にあるどんな仕事であっても、素直に大人の言葉を信じて取り組む方がいいと思いました。勿論見極める事は大切ですが、一度誰かの言う事に、のってみるのも悪くないですね
2000年 4月 
大阪市中央区難波にて自宅でエステサロン開業
大手エステサロンに勤務したものの、業界の理不尽さに納得がいかない。利益が一番でお客様が綺麗になるのは2番。そのビジネスの優先順位はおかしいと思い、退社する事に。自分でするつもりは全くありませんでした。でも思うようなエステがなかったので、自分でする事に。どんな会社や社会の理不尽さを感じたとしても、今立っている所で、一度はどうにかできないか?戦う姿勢が必要だと思います。私は、自分が納得ができない事を、何度も何度も当時勤めていた上司、社長と話あいました。
社員だからといって従うのが全てではありません。
でも、発言をするならば、それなりに成果、結果を出さなければ、自分の意見が通らない事も教えて貰いました。何かを発信するにはそれなりのリスクヘッジがあるもの。
でも戦わずにただ、文句と愚痴をいっていても、会社も社会も変わらない。そう感じた会社時代でした。
2005年 4月 
西区新町にプライベートサロンとして移転
自宅で開業したものの、アルバイトをして生計を立てるような日々が4年続きました。確固たるコンセプトが決まってなかった事も失敗の原因でしたが、一番は自分のしたい店になっていました。業界で何が流行ってるのか?自分の技術がどうとか?変な偏り、拘りを捨てきれず、自分主体になっていました。起業するという事は、社会に業を起こす事なので、喜んで下さるお客様あってのこそ。
それを沢山の人のつながりで再度気づくことができたので、30歳を目前に店の在り方をすべて一からやり直す準備をして、場所を移転しコンセプトを見つめ再スタートする事に。
こんな風に生きたい!そう思える方々との出会いで、私の考え方は180度変わりました。でも今思えば変わったというよりは、元々自分自身のココロの中にあった、生き方の根幹を思い出しました。お客様とのミーティングを何度も繰り返し、どんなお店にしたいか?一つずつ、一つずつ。
自分自身の気持ちが変わって、生活の為にしていたバイトも辞め、覚悟を決めて再チャレンジ。そうすると、友達が「本気でやるなら真剣につきあうよ」と言ってくれた。
0から1を生むのは大変。でもその友達から人数に100人以上の口コミが広がっていった。
2008年 7月 
同じく西区新町にて店舗として移転
一人で始めたお店も、どんどん軌道にのり、気がつけば半年近く、ご新規の方のご予約を受けれない状態が続きました。もう一人では限界。そしてコミュニティ活動もプライベートサロンでは、狭くてできない。
一人から二人へ。スタッフを入れて店舗として移転。元々は自分だけが食べていけたらいいと思っていました。
でも、私には一人ではやり続けれない理由がありました。
お客様のトラブルを本気で解決する為には、ヨガや運動、医療従事者との連携鍼灸師や医師との連携により、予防医療に向かわなくては、根本的な解決にならないと思い、チームで動く事に。
勿論一人でいるより、経営的には大変な面も有りましたが、今もなおチームでやる意味を感じています。
追求すればする程、チームでやる意味 予防医療の必要性、コミュニティの大切さ いろんな事を感じます。
そして、この時期から、障害者の方々、そしてそのご家族へのマッサージの活動をするように。
美容 健康だけではなく、ソーシャルな活動をする中で、体を触るという仕事は、言葉を超えた最高のコミュニケーションだなと思い、更なる新しいステージにいきたい!そう思いました。
2012年 8月 
2店舗目中之島店にオープン
コミュニティを最大限にしたい! 
予防医療を目指すとともに、根本的な解決の一つ。
それはコミュニティ。細胞レベルから活性化するには、毎日の生活の楽しさを実感してほしい。
中之島店は、イベント活動が頻繁にできるスペースを創り、様々な方との出会える場所として、そしてここから何かが始まる、そんなスタート地点であり、これからの自分を考える意味での中継地点として、この場所から何かが始まる空間をイメージして、作りました。
2店舗目を決めたもう一つの理由は、「好きな事をして生きれる事を普遍したいと思いました。
自分が出来た事をスタッフのみんなもできるようになればいい!
この挑戦が一番難しい。
でも一人ではなく、自分以外の誰かと一緒に働くというのは、本当に意味が有る事だと感じています。
一人では出来ない事が沢山あるのと、誰かの事を気にかけなくては仲間では働けない。一人でお店をもし私がやり続けていたら、違う方向にいっていたかもしれませんね。

まだま次の展開の準備の段階ではありますが、求めていた形になってきたと思います。
中之島店オープンは、私にとってとてつもなく大きなチャレンジでしたが、本当に出店してよかったと思っています。いろんな方が繋がる場所を作るのが私のしたい事。それがかなってよかった。またこれからもコミュニティを最大限にできる空間を作続けたいと思います。
テーマは0から1へ。
お店の規模もスタッフの数も。どんどん良い方向に進んで行く事きっとできると思います。
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