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Vol.6 「予約が取れない!4ヶ月待ちのサロンに」仲間募集して店舗として移転

  • 2015.06.28
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  • 担当:

みなさん こんばんは。
今日はブログの日です♪ 
もう気がついたらvol.6まできちゃいましたね 笑
昨日 毎週ブログ楽しみにしていますと、あるお客様が言って下さいました。とっても嬉しいお言葉です^^
さて、今回のテーマ「予約が取れない! 4ヶ月待ちのサロンに」仲間募集して店舗として移転

10年前、サロンをやり直そう!
そう決めてから、4、5年上手くいかなかったお店が、約1年間位で成り立つ事ができました。
念願の医師との連携もできて、自分のやりたいと思える事が少しずつですが叶う事ができました。
振り返れば、なぜ上手くいったかというと、ただただ目の前の事の必死だったし、後にも先にももう戻れないという気持ちになれた事だと思います。
キャリアもなければ、特に何の取り柄もない私が、好きな事をしてご飯を食べる事ができたのは、本当に周りのみんなのお陰だったと、つくづく思います。
でもそれまでの私は、文句や愚痴ばかりで、周りへの感謝などする事があまりありませんでした。
自分の都合にいい人と付き合い、いわゆる「幸せにしてほしい女」だったのですね。
30歳を目の前に気がついて本当によかった。
個人サロンを難波から西区新町に移転して、1年で生活はできるようになり、2年目に入った頃、お友達の同業の
ローズエンジェル田中さんから、雑誌SAVVYの取材をご紹介頂いたんです。
業界でも無名な私は、嬉しくて嬉しくてしょうがなくて、飛び跳ねるように喜びました。
そして、取材当日。
緊張してうまく笑えず、今見ても顔はむくんでいるし、表情は硬いし、おかしな笑顔だけど、
今でも鮮明に初めての取材の事は覚えています。

この時もやはり、人の繋がりでしたね。
当時気の合う同業のお友達は、ほとんどいずで、仕事の話をできる人が少なくて、よくよくお茶にいき、泊まりに行き、美容の話で盛り上がる日々を過ごしました。
本当に田中さんには感謝です。
今のclearをみんなに知ってもらうきっかけを、くれた方ですね。彼女との出会いはある美容の講習会でした。
何人もいる中で、たった一人だけ田中さんとだけ私は仲良くなりました。縁ですね。
そして、この取材がびっくりする程の反響で、1ヶ月に50名近くの問い合わせがありました。
勿論50人も予約枠はありませんでしたので、来月、再来月と予約を入れて頂く事になりました。
そして、その半年後の取材が前回よりも反響があって、その時は1ヶ月で100名の問い合わせ。
既存のお客様もいる中で、嬉しい反響ではありましたが、元々支えて下さるお客様の予約が取れなくなるのが、
私は嫌だったので、ご新規のお客様の予約は4ヶ月待ちという事で対応させて頂く事になりました。
結局その後、店舗に移転してからも反響は少しずつですが、続いて、何度かの取材で400名近くの方が
来店される程の反響でした。
本当にありがたい。
雑誌の影響もあって、来た事がない友達がきてくれたり、紹介がでたりと。
不思議とそんな感じになりましたね。世の中の信用とは凄いものです。
でも、正直怖かったところもありました。
雑誌を見てきて下さる方の、期待に応えられるのか?また来て頂けるのか?
そんな事を考えながら、地に足をつけ、「またいきたい!」そう思って頂けるように、毎日毎日必死で1年間
施術しました。
そして、その結果、リピートして下さる方も多くて、予約が毎月ほぼいっぱいになり、サロンは一人ではもう
限界になり、アルバイトのスタッフもきてもらって、スタッフを入れて店舗の形にする事に決めました。
実は、ずっとゆっくり一人でプライベートサロンを営むつもりでした。
でも、一人で出来る事は所詮限界があって、人が増えると今までできないイベントができたり、
いろんな発想も生まれる。
そして、何より嬉しいのは、孤独でない事でした。
中には一人の方がいいと思う人もいると思います。でも私は話相手でいいから、誰かにいて欲しい、
そう思うタイプなので、店舗になった時に、今エクステをしている深石さんが、きてくれたとき、毎日
一人のときより楽しくなりました。
そしてその時のアルバイトさんは他スタッフも加わり、店舗探しをする事にして、
「clear未来予想図」
というタイトルで、事業計画を作り、動いて行きました。そうすると不思議なものです。
仲のよい友達のお花屋さんの紹介の同業のセラピストさんが、
「新町4丁目に3階建てのビルがあるよ〜」
と教えてくれました。
clear未来予想図は、実は1階がカフェ&ウィティングスペース 2階、3階が施術部屋という3階建ての
ビルを実は想像していたんです。
その頃のブログ→→♡♡♡
驚く程の偶然。即決で、借りる事にしました。
ところが、お金の準備も出来ている訳でもなく、いつもながら計画性もなく、即断で決めてしまい、その後
いろいろと大変ではありましたが、みんなで壁にペンキを塗ったり、家具を作ったり、オープンまでの
道のりは、とても楽しく、そして意味のある時間でした。
★オープンの日のパーティ

こうして、1人から2人、3人、4人と仲間は増え、clearが店舗としてスタートしました。
そして移転して1年後に難波のお店を借りてパーティをしました。
70名近いお客様が七夕の日に、きて下さってライブをしたり、踊ったりと、とても楽しい時間を過ごしました。


この時、パーティが終わって私はかなり大泣きしました。
うまくいかなかった事を思い出して、あの時に何にも気がつかなければ、こんな風に感動できるパーティには
できなかったし、この仕事もしてなかったと思います。
人生の岐路は、みんなに訪れます。
でもその時に、しっかり自分にあった路を見つけて、動き出さなければ、先の将来はありません。
でもその路を選んだら、それなり相当のリスクも背負います。
リスクがない夢なんて、私はないなと思います。
好きな事をして生きて行くのは、普通に働くより大変です。
でもそれでもしたいと思うようでなければ、しない方が、私は安全だと思います。
今クリアにいるスタッフもみんな私がこう思っているのと、同じで、転職をしてきたスタッフばかりですが、
リスクを背負う意味も理解し、頑張ってくれていることは、本当に嬉しく思います。
でもちゃんと頑張れば結果はついてくるし、先の人生が楽しくなるはずです。
自分自身がそうだったように、何かをめざす人には、そう伝えています。
私が伝えたい事は、自分が失敗して今のようにけしてまだ成功だとはいえませんが、好きな事をして、
生きて行く事を、世の中の人に普遍したい。
特別な才能もない、普通の私ができたわけです。理屈がわかれば、できる人は沢山いるはずです。
まずは、clearのスタッフみんなが、一人でたつ事ができれば最高ですね。
覚悟を決めれば、必ず何かが動いて、周りの方に感謝をすれば、助けてくれる。
ただ、どれだけその為に、必死に取り組めるか? だと思います。
わりと単純な理屈だと思います。いつまでも馬鹿で素直なのが、私の取り柄だと思います。
あまり何かを目指す前に、あれこれ考えず、とにかく「やる!」ただ、それだけですね。
今日も読んで下さったありがとうございます。
次週はVol.7 「コミュニティーを最大限にしたい!」2店舗目「中之島店」openについて、西長堀店4年間の歴史もふまえて、書きたいと思います。
宜しくお願いします。

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